「比較」することの簡単さ ~世界に一つだけの花~

SMAP×SMAPの最終回を見て、「あぁ、みんなこんなに笑っていたのにな・・・」と悲しい気持ちになりました。

 

東日本大震災への復興支援も、当時は見る気力すらなかったのですが、いま改めて見たら、「地獄を生き抜いている人々を、こんなにも喜ばせられる人間がどれだけいるのだろう?」「・・・なんで解散してしまうんだろう・・・」と強く感じました。

 

いまからでも「解散取り消し」の発表を願っています。

 

SMAPにしか出来ない、代わりのいない存在だと思うからです。

 

 

 

SMAPの代表作に「世界に一つだけの花」がありますね。

 

槇原敬之さんの作詞・作曲で、自分が持っている4枚のSMAPのCDのひとつです。

(あとの3枚は「がんばりましょう」「しようよ」「Triangle」です)

 

このCDは、自分が欲しかったというよりは家族が欲しがったという理由で購入したもので、当時はあまり好きではありませんでした。

 

「No.1アイドルが歌っているから説得力がない」とか「花屋の花は、厳しい競争を勝ち抜いたエリートしか並んでいない」という「知らない誰か」の批判に、身も心も飲み込まれていたように思います。

 

「No.1」を当たり前のように目指す「元気」が、当時まだ溢れていた証拠かもしれません。

 

歌詞に関わらず、小説や映画もそうですが、出逢う時期によってとらえ方がまったく異なるということがよくありますよね。

 

そう考えると「他人のオススメを聴く・見る」という行為は、すこし無駄なような気もしてきます。

 

生まれも育ちも違う人が、同じものに同じように感動するのはとても難しいことだと思います。

 

というか、「同じ」である必要性がどこにもありません。

 

同じ教室の中にいると、みんなが同じコースを走っているように感じますが、実際は親も家庭環境も容姿も違うのですから、比べられるわけがないのです。

 

それを他人と比べて、卑下したり妬んだりするのは簡単なことです。

 

しかし、そこへ逃げずに「自分の道を行くこと」の大切さや、それに付随するむずかしさを示してくれているのが「世界に一つだけの花」なのではないかと、いまは思うのです。

 

終わります。

最後まで読んでくださってありがとうございました。